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上海の歴史、租界 戦跡巡り 只今日本に滞在中

杜月笙の杜家祠堂ですか? 

浦東名所探し 高橋鎮へ杜月笙の杜家祠堂を探しに行ってきました。

12号線巨峰路駅から6号線へ乗り変え 駅沿いはニュータウン建築中
車窓から見る6号線各駅も 保税区に伴い整備開発で工事現場が続きます

外高橋保税区南駅に着きました。

駅周辺は物流センターなので 会社 工場以外はなにもありません。

どのバスに乗るか迷っていると 場所を知っていると言う人が
歩いていけるよって 道順を教えてくれました。

道路両側に工場がありVIP通勤バスがとまっています。VIPは工員のこと
人手不足で従業員確保も大変なのです。その上、給料高騰が続き
春節ボーナスが給料12か月分なんて厚遇の会社もありますが・・

それでも人が集まらない 世界の工場と言われていたのは幻です。
猫・・犬の手も借りたい、本気で撤退や移転を考えている企業が多し

杜家祠堂 上海の顔役 杜月笙が1931年5月に郷土に完成させた家祠 
竣工を記念し、儀仗の軍楽隊が上海ワグナー路の杜月笙邸から練り歩き
京劇の名優が集められ、その盛大な豪華さは まさに伝説的だった
富特中路 意威路口東 (歴史ガイドブックより)

地元民のために、杜家祠堂の周りには学校、病院 蔵書楼などが
建設された 郷土愛が深い男気のある人だったようです。

杜月笙 1888〜1951上海暗黒街の青幇のボス 阿片、賭博などで財を成す
政界、財界とも深い繋がりを持つ陰の実力者(写真は華文出版社より)

だが この場所は ・・杜月笙の杜家祠堂ではなかった

吳家祠堂 1933年築 地元の吳炳生が五人の子供と出資して建てた
落成式には杜月笙 黄金栄 当時の上海市長 吳鐵城などの名士が出席した
浦東に現存している最大の民間人家祠 一般には解放はしていない
通りかかった地元民の尽力を頂き 中に入れてもらえました。

見事な昇り龍がお出迎え 龍の目がこちらを見ている気がします。
敷地約3200平方米 中国伝統的四合院 当時は38の部屋がありました。

保存を兼ねての 地域の高級接客 会合にも使われているそうです。

名品の数々 国宝級のものもありました。

故郷に錦を飾った杜月笙と吳炳生 同郷のふたりは交流が深かった
ここで人生を語り、お茶を楽しんだかも知れませんね。

溢れる富がありながら 吳炳生は祠堂完成の三年後に病死
杜月笙も戦後香港に渡り京劇のスターと結婚したが 長年の
アヘン吸引による害毒で苦しみ63歳になる前にこの世を去りました。

建物中央に桂花が 差し込む日差しに応える様に新緑が生き生きと
この樹齢が正しければ 祠堂はこの木を囲むように建てられたのですね。

混沌としだ時代 輝き惑う魔都は 彼らが富を握るための舞台だった

吳家祠堂の外壁堀に 満開の花が 春の訪れを告げていました。 

杜月笙が建てた杜家祠堂 その一部の蔵書楼が現存しています。
場所は浦東楊高北路2856号ですが 開放はしていないようです。

廟が見えたので 駅の逆側の方向へ行って見ました

宝蓮庵 創建 明代の1577年 とても大きな廟です

ここでも大きな昇り龍が舞っていました。

お世話になった高橋鎮の 今の名士・やさしいおじさん

色々教えてくれてありがとう 浦東探検に燃えてきました!