秘境・上海情報 

上海の歴史、租界 戦跡巡り 只今日本に滞在中

激戦地の今 横浜橋から天通庵へ

四川北路に架かる横浜橋から 上海事変の激戦地へ

橋の名は 日本の地名とは無関係です。 
海軍陸戦隊の戦いの出発点でもあり 橋から見える東宝興路駅

淞滬鉄路が後に地下鉄三号線 線路を挟み一進一退の戦闘を繰り広げた

クリークの先に 二度の事変で激戦地となった八字橋へとつづく

1932年1月28日 第一次事変が勃発 横浜路に土嚢陣地を築き
中国第十九路軍と対峙する 後ろの建物は便衣隊により焼け落ちた

クリーク沿い海論西路と東横浜路交 ここに部隊が集結した

横浜路一帯は租界の越界築路地区と中国側の華界の境界に位置し

入り込んだ道のり革命家のアジトになっていた 

景雲里 1925年築 魯迅寓所・1927年10月8日〜2年7ヶ月間

魯迅許広平がここで生活 他の左翼文化人も身を潜める

そして いまここに住む住民 静かな時間を過ごしていた

大興坊 1922年築 当時はたくさんの日本人が住んでいた

塗装以外は 当時のまま 中庭の植木も残っていました。

日本人だろ これ日本の友人に貰ったんだ 〜セブンスターだ!

うまいなぁ、日本製品は最高だ 〜日本びいきだな ありがとう!

元日本家屋は 住民たちの笑顔が溢れていました。

戦火に耐えたこの一帯も 来年末には立ち退きだそうです・・

戦闘が繰り広がられた鉄路 閘北側に入り宝山路を渡る

更に横浜路を進み 

その名の由来となった 天通庵廟のいま

陸戦隊が死守した淞滬鉄路天通庵駅 あの場所へ

今日の上海 霞 小雨 11℃〜3℃ 急激に気温が下がります。
昨日 上海は重汚染 PM2.5が300越え!

西安 PM2.5が1000を越え! 桁が違う・・・・