秘境・上海情報 

上海の歴史、租界 戦跡巡り 只今日本に滞在中

呉淞(ウースン)敵前上陸地点へ

呉淞鎮  中国側から見た上海事変 日本側の戦争体験を書いた本

当時の新聞と照らし合わせ  上海攻防戦 呉淞敵前上陸地点へ

昭和12年 第二次上海事変 中国側では八一三淞滬會戰
同年8月23日 名古屋第三師団1万人が上陸 中国軍の堅固な機関銃陣地を
突破できず浜辺で全滅 甚大な被害が出た

黄浦江が長江へ合流する地点 アヘン戦争後も重要な軍事拠点となった
赤線が上陸日本軍 青線は守る国民党軍陣地 黄印は現・三号線水産駅

呉淞砲台湾湿地森林公園 湿地を守る目的と 臨江公園とともに
此処で散った兵士たちの鎮魂の公園として整備された 宝山区塘后路206号

炮台紀念広場 長航炮台湾基地 大砲は清代の1646年製造 多くの砲台は 
第一次上海事変で実戦で使われたが その後破壊放置された

湿地に足を取られ這いつくばったところを機関銃と砲弾が浴びせられ

湿地は幾千兵士の変わり果てた姿で埋まった 10日後に上陸した後続部隊が 
その上を進軍するという悲惨極まりない戦いが続いた

日本軍に向けられたであろう機銃に誰か乗っている 立ち入り禁止だよ!

海軍上海博覧館 上陸地点(上の図)現在外国人は入館できません

兵士たちが散った海岸に 愛を育むふたりがいた 

お幸せに! 〜平和ってすばらしい!

呉淞(ウースン)クリーク野戦病院より 
部隊は塹壕を掘り戦いながら
渡河命令を南王宅で待機 同日 第11師団が敵前上陸した川沙路 
総攻撃をした 羅店鎮へ行く 路線バス宝山81路 (zhuna表)は
 日本軍が進撃したみちを走る・・・

そして・・・日本軍百万杭州湾上陸 その場所へ
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