秘境・上海情報 

上海の歴史、租界 戦跡巡り 只今日本に滞在中

淞滬鉄路天通庵駅から陸戦隊本部へ

前回に続き 上海事変激戦のみち 天通庵路をあるく

淞戸クリーク天通庵橋 西横浜路の水路沿いには

中合弁で創設した宝山玻璃工場があり 日系のガラス工場が
続々と進出したが 一帯は第一次上海事変の戦場となり廃墟になった 

戦前 ここに 古刹天通庵寺がありました。華昌路 天通庵路交

今は ふつうの下町風景 団地があり一階は商店街がつづく 

その一角に 牛肉麺屋を営むイスラム教の人たちが住んでいました

青海省回族自治区出身 家族で上海に出てきたそうです。
私は彼らの故郷 青海湖を訪ねたことがあり、話が弾みました!

天通庵駅の由来になった寺は1932年戦火で消失しました。その後 

1937年、松下電業電池工業の工場ができて社宅も併設されました。

現在、一角は取壊し作業中、 急ピッチで開発にむかっています。

折り返し この道は精鋭部隊と言われた中国19路軍が侵攻 

戦況は拡大され市街戦がつづき 四方から迫る敵軍に応戦するため 

土嚢を担ぎ陣地を移動 日本海軍陸戦隊は素早い対処を求められた

天通庵駅があった場所 死闘が続いた宝山路交 
虹口の日本人街を守るため、陸戦隊が威信にかけ攻防、死守した。

淞滬鉄路天通庵站 戦後復活するも 1963年に廃線 廃駅に
激動を歩んだ駅の石碑が残る ※高架を走るのは 軌道交通3号線

ここから見る日本海軍陸戦隊本部 如何に戦況が肉薄していたかわかる

あの日 あの場所の風景 

そして 二度の上海事変で日中両軍の対峙する激戦地

同心路は 八字橋・同心橋へ続くみち

今日の上海 晴 7℃〜3℃ 寒いですがやっとスモックが晴れました。
ほくろに毛が生えると縁起がよい!長いともっとよいらしい

おばあちゃんに会うと必ず嬉しいことがある!本当だよ!