秘境・上海情報 

上海の歴史、租界 戦跡巡り 只今日本に滞在中

謎があるから魔都である

虹口SOHO・2015年 虹口救火会・1915年 百年の時を越え 
租界と今を繋ぐ、 武進路(老靶子路)呉淞路の交差点 

上海中部日本人学校 第四日本国民学校 1929年4月創立
拡張される人民病院の一部となるための工事がすすんでいます。

外枠 基礎は当時のものを活用した(2015年12月、工事現場から撮影)

四階建てだった校舎の面影が いまも残っています。

クリークにかかる橋の手前から、流れに沿って建つのは第四国民学校
・・クリークの岸を目で追った 校舎の窓ガラスが見えた(林京子 上海より)

戦後は虹口中学となり 地元の人の母校でもありました。
対岸からクリークに架かる橋を渡り通学した 思い出のみち

SOHOを背に ぽつん建つのは旧・大和ホテル 1928年築

台所部分だけが改装され、簡易寝泊りできるようになっていました。

時を刻んでも 現役で活躍しています。

SOHOができ消滅した海南路・・ ですが看板があり 

ただひとつ この建物だけが 海南路の住所でした。

じつは散策中に偶然会った日本人から ここは大和ホテルの一部で
情報機関だったとスクリーンばりの歴史秘話を話されていました。

三角屋根が似てはいますが、それが事実なのか知る由もありません。
謎だけど・・ふたつの建物が未来へ繋がるといいなと思いました。

謎があるから魔都である。そうか!だから魅力的なんだ!・・・感謝老師!