秘境・上海情報 

上海の歴史 旧日本人街 租界巡り

ブルース女王が泊った 大和ホテル 

ありし日の上海 華やかなりし頃 有名ゲストが滞在したといわれる
旧大和ホテル 築1928年 現建物名は太安里 四川北路駅裏・衡水路
 
日本人街だったホンキュウ(虹口)の旅館街に一際 美しい洋館ホテル
淡谷のり子 岡晴夫 渡辺はま子 服部良一など錚々たる大物が訪れた 

戦後は一時集合住宅になり、近年は作業員宿舎になっていました

あっ!大和ホテルに 土台がついた 

保留建築物として後世に残すために 建物ごと移動するんだって!

ここから・・

ここまで・・

あ・・本当に動いたんだ!! 

虹口街道HK計画に組みまれた 歴史ある大和ホテルは第二のステージへ

※余談ですが 淡谷のり子さんは海軍の依頼で慰問コンサートを開いた 
当時禁止されていたパーマをかけドレスに身を包み 発売禁止だった
別れのブルースを兵士のリクエストにより歌った。誰よりも気高い
彼女は洋館が気に入り泊っていた。バルコニーで煙草をふかしながら
華やかなホンキュウのまちを眺め・・ブルース女王がここにいたんだ

四川路 海寧路交 日系東和洋行の旅館が入っていたビルが現存する
四川北路のランドタワー 中信広場 その周辺の一角の建物を一掃し
大掛かりな工事が始まるようだ。またデカイものができるんだろう

終焉 撤去されるお家には拆除の拆の字がペンキで書かれる

最近 老朽化や 開発の波で解体される租界のお家が増えていますが
取り壊し工事にストップが掛かった 日本人に縁の深い建物があります。

美しい煉瓦造り麦豊里 マグノリア・テラス。マグノリア木蓮の意味 

当時左翼文化活動の中心 創造社出版部が41号室に置かれたが
国民党の弾圧で閉鎖された。金子光晴のどくろ杯に経緯が書かれている
戦争中は殆んど日本人の住まいになる(歴史ガイドブックより抜粋)
戦後から、ついこの間まで集合住宅として多くの住民が住んでいました
立退き、住民のいなくなったマグノリアの新たな息吹はいつでしょう。

マグノリア隣も集合住宅 赤煉瓦造り赫林里ヘレン・テラスです。
ここも日本人が住んでいました。軍人、軍関係者の人も多く 
玄関前に馬を繋ぐためのコンクリートの馬杭が残っています。
軍馬は共に戦う神馬と呼ばれ大切に家族同様に扱われていました。

四川北路をはさみ、旧福民医院がある。当時は日本人医師が勤務し
今から90年前の1929年 魯迅の妻・許広平はここで長男を出産

今回の散策も いまとむかし あの頃の生活が 感じとれました。

久しぶり〜以前 訪ねた租界のお家のひとだ!覚えていてくれたんだ
顔見知りがいっぱい〜やっぱり上海はいいなぁ、虹口はいいなぁ、

次回は 彼が住む この小区を訪ねてみようかな〜。

      ・・・日本人租界巡り つづきます!・・・